2022/09/13 update

代表長手×薬価専門家中西氏対談 日本の薬価制度の今後

新型コロナウイルス感染症の流行の継続、政府による経済財政運営と改革の基本方針の決定、海外では米国におけるアデュカヌマブの承認など2021年は医薬品業界におけるニュースは数多くみられた。
薬価という視点でみたときに、今後日本の薬価制度はどうなっていくのか、薬価交渉はどのようなポイントが必要になっていくか、コロナ後の医薬品業界はどのように変化をしていくのか、e-Projection代表取締役の長手と顧問であり、薬価専門家でもある中西氏が対談を行った。

(この対談は2021年9月の行われ、会社紹介冊子opinion+ vol.2にて発刊された記事です)

 

―バリューベースドプライシングと日本―

長手

米国では初めてアルツハイマー型認知症の治療薬アデュカヌマブが承認され、一部の支払い機関では実際の治療効果に応じて価格が決まるバリューベースドプライシングが導入されるようですね。日本でもこのような薬価の算定方法を取り入れたらどうかという議論もあるようですが、どうお考えですか。

中西

日本では馴染むかなと思います。。効果がなかったら償還しない、そしてある期間の薬剤費を返還するという仕組みは、システム面の問題だけではなく、聞かない薬剤を投与されたという患者の気持ちをどうするのかという面があります。Aさんは返金、Bさんは効果があったので返金されない。他方制度的なアプローチとしては、薬事の話とも関係するが、一旦仮で承認して薬価を収載して、あとから修正していくというのは考えられますよね。難しいのは、今もHTAの修正や効能追加再算定とかもありますが、これは加算やボリュームの再算定なのですが、これらとの組み合わせや整合性をどうするかが問題になってきますけど。

長手

例えば、ハートシートは医療機器ですが、患者から骨格筋と血清を採取、細胞を培養するまでの「Aキット」が一部償還されて、実際に患者に用いるシートを調整、移植するまでの「Bキット」で残りの額が払われる、つまりうまくいったら償還されて、うまくいかないと償還できない可能性があるということだったと思うので、仕組みがないことはないと思っていたのですが。

中西

これは自家培養がうまくいくかいかないかですよね。効果、ということとはちょっと違うかと思います。特にアデュカヌマブのように認知症の適応だとどう効果を判定するのか難しいですよね。例えば、1年間認知症の進行は遅らせられますが、3年後は薬剤投与しなくても一緒です、という場合、どう判断するのか。

長手

有効性の判定が難しい、ということですね。がんが小さくなった、など目に見えるわけではないですもんね。

中西

あと先ほども申しましたが、日本人は基本的に「薬は効くもの」と認識している。効かないかもしれない薬に高額な金額をなぜ払うか?副作用が出たらどうするのか?となるでしょうね。

長手

海外では医療的な介入そのものに値段がつくけど、日本は薬そのものに値段がつくという制度設計ですもんね。使ったのに効果がなかったので返品?というのは確かに受け入れがたいかもしれませんね。とはいえ、このタイプの薬が承認され、患者数の多い疾病でマーケットアクセスを獲得するというのは興味深いですね。

 

―日本市場における薬価交渉および新薬の価値の評価―

長手

気になったことは、外資系製薬企業が、薬価収載希望を取り下げた、というケースがありましたよね。国内企業でも似たようなケースがありました。こういう薬価交渉を粘る、そんなケースは今後増えていきそうなのでしょうか?または、こういう手法は合理的なのでしょうか?

中西

背景としては、一つは日本の薬価を参照している国がある。日本の薬価が低いと海外に影響があるということが考えられます。だから中途半端な薬価では困るということがありますね。一方で日本のGDP順位が今後下がっていくといわれている中で、日本市場でどこまで頑張るのか?という考えは外資系製薬企業にはあると思います。

長手

日本の優先順位が下がってきているということですね。

中西

そうです。単純に考えれば、市場が縮小している日本と市場が拡大している中国、経営者がどちらにつくかと考えると、中国向けに戦略を取るのも間違ってはいないですよね。もちろん、これは一面にフォーカスをあてただけの結論ですが。

長手

日本の市場の相対的な魅力度が下がっていくにつれ、今後もしかすると薬価算定でも強気なアプローチを取る会社は出てくるかもしれないってことですね。

中西

但し、医薬品のビジネスは、上市の準備に結構初期投資が必要なので、予定していた価値に見合った薬価がつかなくても簡単に撤収できない面もあります。

長手

そうすると製薬企業の立場としては自社の開発品、新薬についてどうやって「バリュープロポジション」、価値を表現していけばいいと考えますか?あるいは、どうすれば当局に正しく価値の理解が得られると考えますか?何が一番のドライバーと考えますか?

中西

重篤な疾患で既存の標準的な治療方法がなくて、それに対して有用性が示され加えて、ある程度みんなが納得できる価格帯であるということですね。綺麗事を並べましたが、その中で「みんなが納得できる価格」というのは意外と大きいように思います。たとえば、先日も「薬剤費マクロ経済スライド」みたいなことも言われていました。医療費が膨らむ中で、どうにか抑えようということですが、イノベーションの部分の薬剤と長期収載品の薬剤などカテゴリーに分けて、イノベーションが伸びたら長期収載品の部分を抑える、みたいにトータルの薬剤費を見てキャップを決めましょうということなんですけど。こういう試行錯誤は出てくると思いますね。

長手

長期収載品はイノベーションがないとネガティブに言われがちですが、安定供給の視点からみると、薬価が引き下げられすぎても企業が安定的に供給できなくなるという弊害があると思っていますがどうですか?それが昨今言われている後発品メーカーの質の問題にもつながっていくと思っていたのですが。

中西

その視点もあって、基礎的医薬品として薬価を守る制度は存在します。

ただこの問題は、医薬品産業のビジネスとして面があるということが大きいと思います。

ビジネスなので売り上げアップを求める。そうすると価格競争のリスクが増える。また、利益を出さなければいけないのでコスト削減が求められる。そうなると質の低下が起こるリスクが増大する今後、これを乗り越えるために入りろなことが模索されるとおもいますが、業界の再編も考えられると思います。

 

―コロナ後の製薬業界―

長手

再編ということばも出てきましたが今はコロナ禍で少々イレギュラーかもしれませんが、今後国内の製薬業界、製薬会社はどうなっていくと思いますか?

中西

先日国が骨太の方針を決定しましたが、国にできることは単純化すると制度を変えることか予算をつけることの2つになるかと思います。制度に関して耐用年数を過ぎた部分もがあると個人的には考えているのですが、実際変えるのは大変ややこしくステークホルダーが入り組んでいるので難しいかと思います。現行の中で色々な試行錯誤が出てくるだけかな、と思います。また、予算についても、今回新型コロナウイルス感染症の流行で医療資源は潤沢じゃないことが国民にも共有されました。そうすると長期的な未来に投資する研究に予算をつけるのも必要だと思いますけど、現実に限られたお金をどう振り分けるかというと厳しいかと思います。。

長手

コロナ後も製薬企業にとっては薬価という観点での圧力もありますしね。

中西

会社にとしては逆にこの状況を活かしてコアケイパビリティを検討して組織・戦略再編していくチャンスにはなりえると思いますけどね。

長手

そうですね。大きな会社がダメージを受けやすいとすると、コアケイパビリティを定めて、そこに投資を絞り、あとは外注するというやり方は合理的ですね。

中西

そう思うとやはり外注して評価することもメリットですね。長い歴史は情がわきますから、中立的な評価は会社の方向性を定めるのにも有効です。